日本史に名を残す女性を、エピソードや画像と共に載せています。

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2016年10月21日
20:11
大政所(1513〜1592) つましく生きた天下人の母 農民として人生の大半を暮らした大政所は、秀吉に迎えられ城で暮らすようになってもつましい暮らしを続けたという。秀吉から迎えられた長浜城では、自ら畑を耕し野菜などを栽培していた。また、秀吉の、母親への愛情は大変深かったという。
16:11
光明皇后(701〜760) 人々を救済した慈悲深き皇后 慈悲の教えを説く仏教を信仰。父・不比等より相続した邸宅を利用し救済施設を作る。現在の病院にあたる施薬院と救護施設の悲田院で、社会福祉事業にあたるものだった。皇后自ら病人たち1000人の看病をしたという伝説を生み出している。
12:11
新島八重/山本八重(1845〜1932) 幕末のジャンヌ・ダルク 会津の魂を胸に、激動の時代を力強く生き抜いた。 #八重の桜 https://t.co/3OwcwgWJqe
08:11
和泉式部(生没年不明) 恋に生き、恋を詠った女性歌人 同僚の紫式部は、『紫式部日記』で和泉式部のことについても記している。恋文や和歌については非常に優れているとほめているものの、恋愛については感心できないと批判した。#小倉百人一首 https://t.co/62pggmsZYL
05:16
おはようございます。 今日も、笑顔輝く一日を!(^ω^) https://t.co/qM8uhqWdzu
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2016年10月20日
20:11
【主な役職】 18.火之番 昼夜を問わず大奥内の火の元を見回る。武芸に長けており警備員的な役割も担っていた。 19.御茶之間 御台所の茶湯を出す役。 20.御使番 広敷・御殿間の御錠口の開閉を管理する。 21.御半下(御末) 大奥の雑用一切を受け持つ下女。 #大奥
16:11
おたあジュリア(16世紀末〜) 海の向こうからやったきた信仰あつき乙女
12:11
北条政子(1157〜1225) 日本中の武士たちを率いた尼将軍 後鳥羽上皇が下した北条義時討伐の命令は、関東の御家人たちに動揺をもたらした。政子は御家人たちを集め「朝廷に味方をするなら私を殺してから京へ向かえ」と伝え、結束を求めた。この呼びかけが、承久の乱の流れを決めたという。
08:11
立花誾千代(1569〜1602) 闘将も認めた勇敢で才知ある女城主 関ヶ原の戦いで完敗した夫を城に送ると、甲冑を着けて出撃、海岸からの侵攻に備えた。海上から来襲した鍋島軍を撃退。開城を説得にきた加藤清正の2万の兵に立ちはだかった。 https://t.co/kZSXCzr9pp
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2016年10月19日
20:11
【主な役職】 15.御広座敷 表使の下働き。大奥を来訪した女使たちの御膳の世話をした。 16.御三之間 御三之間以上の居間の掃除一切をこなす。 17.御仲居 御膳所にて料理一切の煮炊きを担当。 #大奥
16:11
豪姫(1574〜1634) 夫の赦免を一途に待ちつづけた妻
12:11
篤姫/天璋院(1836〜1883) 滅亡へと向かう将軍家に尽くした御台所 13代将軍・徳川家定の正室。将軍の跡継ぎをめぐる幕府内の凄まじい抗争、倒幕の激化…。大奥を預かる総師として、明治維新の動乱の中、徳川家のために力を尽くした。 https://t.co/yPKtDbF5VH
08:11
坂本乙女(1832〜1879) 幕末の快男児を育てたビッグシスター
05:16
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2016年10月18日
20:11
千姫(1597〜1666) 豊臣秀頼正室 大阪夏の陣での救出劇が有名 7歳で豊臣秀頼と結婚。ふたりは大変仲睦まじかったという。大阪夏の陣では大阪城から救出され、義娘奈阿姫を養女にして助ける。本多忠刻と再婚。出家後は天樹院と号す。 https://t.co/FCt88rG2V8
16:11
村岡局(1786〜1873) 志士たちの人望を集めた維新の女傑 13歳で近衛家に仕え、中臈を経て老女となり村岡局と称する。歌人であり、「近衛家の清少納言」といわれるほど筆も立ち、時局に明るく、朝政にたずさわる忠煕をよく補佐した。 https://t.co/DTZKQeuaGD
12:11
「恋する日本史」より https://t.co/rLdCxnQXQL
08:11
和宮(1846〜1877) 徳川家を支えた皇女 14代将軍・徳川家茂の正室。初々しい新妻の姿が伝えられている。東征軍による江戸総攻撃が予定されていた前日、和宮と天璋院の活躍もあり、勝海舟と西郷隆盛の会談で江戸城無血開城が決まった。 https://t.co/7RhrhS8VXr
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2016年10月17日
20:11
鶴姫(1526〜1543) 鎧をまとって水軍を率いた伝説の女武者
16:11
額田王/額田姫王(生没年不明) 歌の世界に生きた最高の才媛 鏡王の娘として生まれる。大海人皇子と結ばれ、後に十市皇女を授かる。あまり政治の表舞台と関係を持たなかった額田王が後世に名を残しているのは、彼女が生み出した歌の数々による。彼女は歌人としての才能により後世に輝きを残した。
12:11
千代/見性院(1557〜1617) 夫を24万石の大名にした内助の功 通称は千代、まつ。山内一豊の母・法秀院から裁縫を習っているうちに法秀院に気に入られ、一豊の妻として迎えられたと伝わる。出家後は見性院となり、静かな余生を送った。 https://t.co/mIyYqMqEkZ
08:11
【主な役職】 7.御小姓 御台所の小間使。7歳〜16歳くらいの少女の場合が多かった。 8.御錠口 大奥と中奥の出入り口である錠口の管理を担当した。 9.表使 外公役。御年寄の指図で物資調達を広敷役人に要請していた。 #大奥
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2016年10月16日
21:41
おたあジュリア(16世紀末〜) 海の向こうからやったきた信仰あつき乙女
17:41
新島八重/山本八重(1845〜1932) 幕末のジャンヌ・ダルク 会津の魂を胸に、激動の時代を力強く生き抜いた。 #八重の桜 https://t.co/3OwcwgWJqe
13:41
おね(1541?〜1624) 天下の騒乱を見守った秀吉の恋女房 大阪冬の陣・夏の陣でおねは開戦回避を願い無言を通すが、その姿勢は家康を勝利に導く。家康は高台寺を建立。今、高台寺周辺は「ねね(おね)の道」と呼ばれ観光客がそぞろ歩く。 https://t.co/v717kbs3Ba
09:44
勝頼夫人(1564〜1582) 夫と運命をともにした誇り高き若妻 「武田勝頼妻子像」は、家族のほのぼのとした姿を伝える。武田家の菩提所・恵林寺の快川和尚は、夫人の気高く慈愛に満ちたさまを人々を善に導く香り高い「芝蘭」にたとえている。https://t.co/HfGYga2gyA
05:17
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2016年10月15日
20:46
小野小町(生没年不明) 年とともに衰える自分に悩む美女 紀貫之が『古今和歌集』で小町を称えたほど男性を強く魅了する小町だったが、年とともに美しさは衰えていく。そんな衰えを詠った歌が『小倉百人一首』に収められている。 #小倉百人一首 https://t.co/drXOzyaZRZ
16:13
寿桂尼(?〜1568) 子どもたちを助け、名門今川氏を築く 寿桂尼は自身の墓を不吉な方角とされる東北に建てるよう遺言を残し、「死んでも今川の守護たらん」という言葉を残してこの世を去った。しかし、その翌年、今川氏は滅亡。家の滅亡を予感し、死後も今川家を守るつもりだったのだろう。
12:12
煕子(1535?〜1582) 最期まで添い遂げた光秀の妻 煕子は控えめなだけの妻ではなかった。城に火を放ち、深い絆で結ばれた夫のあとを追う。豊かな黒髪を売り客をもてなした美談は芭蕉によって世に広まり、物語にも謳われるようになった。 https://t.co/v7GCZgP8nP
08:12
大井夫人(1497〜1552) 乱世の厳しさを信玄に教えた賢母 信達は歌道執心の法師として知られる。家風を受けついだ夫人は子の学問修養に力を注ぐ。信玄は和歌を得意として多くを詠み、信廉は武人画家・逍遙軒として肖像画に才を発揮した。 https://t.co/B6dyjWznpL
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2016年10月14日
20:11
淀殿(1569〜1615) 浅井長政とお市の長女 豊臣秀吉の側室 諱は茶々(お茶)および菊子。捨(鶴松)を産み「淀の方」と呼ばれる。拾(秀頼)を産み豊臣家の実権を握る。大阪夏の陣で秀頼と共に自害。母の面影を一番良く受け継いでいた。 https://t.co/epmwpQ4Nue
16:11
「姫たちの夢」より https://t.co/tT0O4RK9sY
12:11
覚山尼(1252〜1306) 女人救済に人生を捧げた尼僧
08:11
和泉式部(生没年不明) 恋に生き、恋を詠った女性歌人 同僚の紫式部は、『紫式部日記』で和泉式部のことについても記している。恋文や和歌については非常に優れているとほめているものの、恋愛については感心できないと批判した。#小倉百人一首 https://t.co/62pggmsZYL
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2016年10月13日
20:11
甲斐姫(生没年不明) 大軍を前にしても引かなかった女傑 忍城での籠城戦で、甲斐姫は鎧兜に身を包み数々の戦功を挙げたと伝えられる。秀吉側室となると、甲斐姫の活躍もあり、所領を失っていた父・氏長は2万7千石の大名に返り咲く。甲斐姫は戦場から離れても、家の繁栄に貢献した女性であった。
16:11
巴御前(1157?〜?) ひたむきな愛に生き、戦場を駆けた女武者
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小松殿(1573〜1620) 豪胆さで知られる真田家のゴッドマザー
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常盤御前(1138〜?) 身を挺して子を守った美貌の母 親子を斬るつもりでいた清盛だが、情にひかれ、子の命と引きかえに常盤をわがものにするという条件を出した。近年では、義朝の嫡子・頼朝の助命に伴い、子に命の危険はなかったともいう。 https://t.co/OWLkdpuqLV
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2016年10月12日
20:11
亀姫(1560〜1625) 家康の娘 宇都宮釣天井事件の黒幕説の姫 娘の嫁ぎ先の大久保忠隣失脚事件と孫・忠昌の転封を本田正純の奸計と見なし、弟・秀忠に正純による暗殺計画の噂を流し、正純は配流され忠昌が再び藩へ配された黒幕説がある。 https://t.co/ac7X3kNwWG
16:11
小野小町(生没年不明) 年とともに衰える自分に悩む美女 紀貫之が『古今和歌集』で小町を称えたほど男性を強く魅了する小町だったが、年とともに美しさは衰えていく。そんな衰えを詠った歌が『小倉百人一首』に収められている。 #小倉百人一首 https://t.co/drXOzyaZRZ
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和宮(1846〜1877) 徳川家を支えた皇女 14代将軍・徳川家茂の正室。初々しい新妻の姿が伝えられている。東征軍による江戸総攻撃が予定されていた前日、和宮と天璋院の活躍もあり、勝海舟と西郷隆盛の会談で江戸城無血開城が決まった。 https://t.co/7RhrhS8VXr
08:11
督姫(1565〜1615) 再婚して雄藩を支えた徳川家康の次女 督姫は忠継と同じ年に他界したが、忠継に19日先立っているので「毒饅頭事件」は噂にすぎない。継子・利隆は忠継の治世をよく補佐し、ふたりは仲のよい兄弟だったと伝えられる。 https://t.co/7s2aq3TQPm
05:16
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